24-003-001_002 : Mieko Arai Archives

昔ね、昭和63年に山梨県で国体があってね。そのときに、上皇后さま、昔の皇太子が来たのね。それがここほら、私が織って見せるの。機械を動かして。

ほら、その前の何ていうかこれも天皇陛下の弟さんかな、その人も見学に来たのね。あの工場で。私がこの機械で…これは「両レピア」かな。こっちは「片レピア」って片方だけで横糸を持ってこうする織機ね。これを織っているときにね、山梨文化ホールか。うんそこが出来上がったときこの、望月竣工さんの桜を織ったのね。

その桜のあれをね、みんな記念で緞帳に織ったの。ほんならね、この緞帳にしたやつをこの小さく折って、みんなにその記念でそこへ来た人にこれね、テーブルクロスでみんなに記念であげたの。だからこういう緞帳と同じ桜なのね。県民文化ホールの。ほんでこっちを見てるからね、だからほらわかんないわけ。見に来ても。

だから私がね、こっちは裏ですって美智子さんに言ったのね、そしたら下を覗いてくれたの。ここ。ね?これは裏を織ってますのでって。話しちゃ駄目だって言われてたけど、裏見てくじゃ何を織ってるかわかんないでしょ?だから、美智子さんに「こちらは裏で、この下に表が見えます」って言ったらこうやって覗いて見てくれたわけ!

ここは、山梨県工業技術センターっていうところで、私は県の職員だった。私23年間こういう、糸いじり?織物織ってたから、どんな機械でも動かせたわけ。

だからこういう感じの、ほら織り上げたのを見たりね。できあがったのみたりね。ここほら。で、私このシャトルが本当は飛んで糸を織るわけだけど、ただ持ったきり説明しなかったけど、、、。

(語り手:荒井美恵子)

年代
1980年代
地域
下吉田
住所
山梨県富士吉田市下吉田 6-16-2
https://maps.app.goo.gl/wkwk9KcWumFc9h3z5
リサーチメモ

荒井美恵子
昭和18年に東京市で生まれ。戦争のため、広島、東京、仙台、東京、静岡と疎開を繰り返し、8歳で富士吉田市明見地方の機屋に迎え入れられる。16歳から織物工場で働き始め、その後5年間傘生地の生産や問屋の仕事に携わり、結婚してから27年間にわたり山梨県産業技術センターで務める。現在でも「糸いじり」を続けている。

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